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山形地方裁判所 昭和61年(わ)20号 判決

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金二〇万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五八年一〇月一日以降天童市議会議員の地位に有り、同六〇年九月三〇日開催の同市議会定例会において施行予定の同市議会副議長選挙に際し、その選挙権を行使する職務を担当していたものであるが、同日、肩書住居地の自宅において、同選挙に立候補する決意を有していた同市議会議員であるAから、同選挙において自己に投票されたい旨の請託を受け、その報酬として供与されるものであることを知りながら、現金二〇万円の供与を受け、もって自己の前記職務に関し賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)《省略》

(事実認定の補足説明)

弁護人は、被告人はAの請託を承諾していない旨主張し、被告人は、当公判廷において同旨の供述をしているので、以下、事実認定の理由を補足的に説明する。

一  被告人の第二回公判廷における供述、被告人の検察官に対する昭和六一年二月一日付、同月四日付各供述調書、Aの検察官に対する同日付供述調書の謄本、Bの検察官に対する同月三日付供述調書の謄本、Cの司法警察員に対する同年一月二三日付供述調書の謄本及びD子の司法警察員に対する供述調書(二通)によれば、Aは、昭和六〇年九月三〇日午前六時三〇分ころ、被告人の自宅に被告人を訪ね、同日開催の天童市議会定例会において施行予定の同市議会副議長選挙で自分に投票してくれるよう依頼した(以下、「本件請託」という。)後、背広の内ポケットから裸のままの現金二〇万円を取り出し、「これ使ってけらっしゃい。」などと言いながら、右現金を自分が座っていた座布団の下に挟み、立ち去ろうとしたこと、これを見た被告人は、右現金を座布団の下から抜き取り、これを持ってAを自宅玄関まで追いかけ、同所において、同人に追いつき、同人に対し、「これはだめだ。持っていってけろ。」などと述べて右現金を返そうとしたが、同人は、「いいから取っていてくれ。頼むず。」などと述べて玄関から出て行ったこと、右当時、被告人は、既に寝巻きから普段着に着替え終っており、また、玄関には履物もあったこと、ところが、被告人は、玄関から去って行こうとするAを更に追いかけたりはせず、自室に戻り、自分が使用している机の引き出しの中に右現金をしまい込んだこと、その後、被告人は、同日午前一〇時ころ、前記定例会に出席するため天童市議会に赴いたが、その際、Aも同定例会に出席していたにもかかわらず、同人に対して右現金を返還することはもとより返還方を申し入れたりもしなかったこと、さらにその後も、被告人は、Aに右現金を返還しようとする行動をとらないまま時日を経過し、同年一〇月四日に至り、右現金のうち一〇万円を天童市農業協同組合の被告人名義の営農貯金に入金し、さらに同月九日には、残金一〇万円を自己の娘の名義で同農業協同組合の期日指定定期貯金にして、それぞれ費消したこと、以上の事実を認めることができる。

もっとも、被告人は、第三回公判廷において、「Aが現金の返還を拒んで自宅玄関から立ち去ろうとした際、自分は寝巻きのままでいたため、同人を外まで追いかけることができなかった。」旨弁解するのであるが、(1)被告人は、検察官の取調に際して、右当時、既にポロシャツとズボンという普段着に着替え終っていた旨述べていたところ(被告人の検察官に対する昭和六一年二月一日付供述調書)、第二回公判廷において、被告人は、自己の検察官に対する供述調書中、真実と異なる事柄を検察官に述べたと思う部分を一つ一つ挙げて、これを訂正する旨の供述をしたにもかかわらず、右服装に関する供述録取部分については、何ら異議を述べなかったばかりか、かえって、既に普段着に着替え終っていた旨、検察官に対する右供述調書と同趣旨の供述をしていること、(2)ところが、被告人は、第三回公判廷において、突如これまでの供述を翻し、前記弁解をするに至ったのであり、右供述変更の理由について、「第二回公判廷が終った後いろいろ考えてみて、嘘をそのままにしているのはよくないと思った。」という趣旨の供述をするのであるが、そうであるならば、既に第二回公判廷において、同様の理由を掲げて、他の供述部分を訂正する旨の供述をしていたのであるから、その際同時に服装の点についても訂正する旨の供述をすることが容易にできたのに、ことここに及ばなかったことを考え合わせると、右供述変更の理由は不自然・不合理なものであるといわざるをえないこと、(3)右服装の点に関する被告人の検察官に対する前記供述調書記載の供述内容は、Aの検察官に対する昭和六一年二月四日付供述調書記載の供述内容と合致しておること、などの各点に照らすと、被告人の第二回公判廷における供述及び検察官に対する前記供述調書中の服装の点に関する各供述部分は充分信用できるものであり、他方、被告人の第三回公判廷における前記弁解は到底措信し難いものといわざるをえない。

そして、他に前記認定に反する証拠はない。

二  前項に認定した事実経過によれば、被告人は、昭和六〇年九月三〇日にAが被告人の自宅玄関から立ち去って行った時点において、現金二〇万円を、それが本件請託に応ずることの報酬として交付される賄賂であることを充分認識しながら受領したというべきであり、被告人の検察官に対する昭和六一年二月一日付、同月四日付供述調書中、右時点における被告人の心情を録取した部分は、右推認に合致する自然かつ合理的なものであるから、充分信用に値するものと認められ、他方、被告人の当公判廷における供述は、不自然・不合理なものであって到底措信し難いものというほかない。

三  してみると、被告人が右時点において本件請託に応じることの報酬である現金二〇万円をAから受領した以上、同時点において、被告人は、本件請託を黙示的に承諾したものというほかない。

なお、弁護人は、Aが、検察官に対し、被告人がその自宅玄関から更に賄賂金を返還しようと追ってこなかったにもかかわらず、なお、被告人が真実自分に投票してくれるかどうかに不安を持った旨供述していることを引き合いに出して、自己の主張の正当性を説明しようとするが、黙示的にせよ請託に対する承諾が外見上存在する以上、仮に、被告人において当該請託にかかる職務行為を行なう意思がなかったとしても、受託収賄罪の成立はさまたげられないというべきであるから、Aの右供述は被告人の承諾がなかったことの根拠とはならない。

四  以上の次第であって、被告人が昭和六〇年九月三〇日にAの請託を承諾したことは、本件証拠上優にこれを認めうるのであり、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一九七条一項後段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、判示犯行により収受した賄賂は被告人がこれを自己の用途に費消して没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価額二〇万円を被告人から追徴することとする。

(量刑の理由)

本件は、天童市民の信託を受けて市議会議員の地位にある被告人が、公正であるべき市議会副議長選挙の投票に関し、請託を受けて賄賂を収受したという事犯であって、地方自治の根幹となる市議会の公正に対する市民の信頼を損った結果を考慮すると、被告人の刑責は軽視し難いものといわざるをえない。

しかしながら、収受した賄賂は被告人において要求したものではなく、かえって、被告人は、一旦は提供された賄賂の受領を拒絶しようと努めたものであり、Aの積極的な贈賄工作に巻き込まれたという点で同情の余地があること、被告人は、これまで、業務上過失傷害罪による罰金の前科が一犯あるのみで、昭和四二年九月以降、連続五期一八年もの長きにわたり市議会議員を勤めたほか、天童市農協実行組合会々長をはじめ相当数の公的役職にも就き、市政や地域社会に相応の貢献をしてきたものであること、本件は新聞やテレビなどにより広く報道され、そのため、被告人はもとより、その家族までもが事実上の不利益を受けていることなど、被告人に有利に解しうる情状もあるので、今回に限り、刑の執行を猶予するのを相当と認める。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊公雄 裁判官 浅香紀久雄 始関正光)

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